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2002年3月に持たれたトレド県セグリージャ市の市長パプロ氏とSNJ日西文化協会会長との会見により、同市と同協会との共同主催による日西文化交流会が提案され、去る4月21日にセグリージャ市において、同市にとって初の日本人との交流会が実現しました。 協会からの参加者は20名で、その中には日本人の会員だけでなく、スペイン人会員も3人含まれていました。
マドリッドからチャーターバスにて1時間半の移動で、セグリージャ市のすぐ傍にある陶器で有名な町、タラベラ・デ・ラ・レイナ市に到着。そこで現地のガイドとミートして、陶器博物館とバシリカを見学の後、再びバスにてセグリージャ市まで15分の移動。 セグリージャ市で我々を向かえてくれたのはスズキの自動車に引っ張られた緑の客車。 これに乗り込むと突然、大音響で流れ始めたのが、日本の歌ではあったのですが、歌詞は中国語で歌われたカセットテープだったようです。 おそらくタラベラ辺りで、どこかの中華レストランからこの日のために借りて来たのでは、、と想像します。 彼らにとっては、まさに歓迎のつもりだったのでしょう。 町外れにある丘の上には、アラブ時代の狼煙塔が保存されており、そこからは周囲に広がる広大なラ・マンチャの台地を一望の元に見渡す事が出来ます。 その丘へ移動中、20人以上の体重を引っ張る自動車のエンジンが悲鳴をあげ始め、 仕方なく、途中で車を降りて、みんなでハイキング。色とりどりの花が咲き乱れる中、 素敵なお散歩を楽しむ事が出来ました。初夏を思わせる太陽の中、振り返るとすぐそこに横たわる、残雪を頂いたグレードス山脈が印象的でした。 その後、再度、車に乗り込み、坂を降りて町中に戻ると、空き地で年配の男性達が20人程集まって、「ペタンコ」と呼ばれる鉄の玉を使ったゲームを楽しんでいました。 そこで市長のパブロ氏と落ち合い、地元のワインと様々なおつまみを頂き、すでに空っぽになっていたお腹に、ちょっと待ったをかけ、そのまま町の中心にある広場へと移動。
ちょうど町のお祭りと重なっていた事もあって、中央広場には沢山の人々が集まっていました。 万国旗が飾られ、仮設のバーカウンターが置かれ、
そこでパブロ市長と町の人々と一緒に食前酒とオードブルを頂きながらの交流会。
最高に美味しい生ハムとチーズをつまみにワインで乾杯して、サラダを食べ始めたところで、巨大なパエージャが登場! 通常、めったに御代わりなどしない私も、これは旨いと、ついつい御代わりしてしまいました。
さて、いよいよミニ闘牛の始まり始まり、、、
セグリージャ市の皆さん、パブロ市長さん、どうも有難う御座いました!! またいつの日にか戻って来たいと思います。 |
| タラベラ・デ・ラ・レイナ市の公園 | タラベラ・デ・ラ・レイナ市の公園 | タラベラ・デ・ラ・レイナ市・バシリカ入口 | タラベラ・デ・ラ・レイナ市・バシリカ内部。 中は沢山の陶器で覆われていました。 |
| タラベラ・デ・ラ・レイナ市の公園。 池に架かる橋にもセラミック装飾 | バシリカを飾る陶器。 | タラベラ・デ・ラ・レイナ市・公園内。バックにバシリカの丸天井を見ながら | セグリージャ市に到着。用意された観光車?へ |
| 観光車を降りて狼煙の塔までハイキング | グレードス山脈には残雪が見られましたがこの写真ではあまり見えませんね、、、 | 前方に狼煙の塔が見えてきました。 | 狼煙の塔に見守られた安全な町セグリージャ。 セグリージャと言う名前は「安全」と言う意味なのです。 |
| やっと狼煙塔まで登ってきました。 | 周りに広がるラ・マンチャの景色を楽しんでいます。 | 中央広場に置かれた仮設のバーカウンターでの楽しいひと時。 | こじんまりとした中央広場と教会。 |
| いよいよ昼食です。 | 前菜とサラダのあとは、特製パエージャ。他にも200人分のパエージャ鍋があるそうです。 | いろいろな屋外活動に使われる広大な敷地。 | クワッドに挑戦! |
| 恐る恐る馬にも挑戦。 | クライマックスはミニ闘牛体験! | 騎馬闘牛は、見真似では無理ですから地元の青年に任せましょう。 | スペインは馬術でも有名な国です。見事な馬さばきでした。 |